フジサンノフモトのある日。

土屋誠

今日は朝からなにも食べずに富士吉田まで車を走らせる。
富士吉田市役所での打ち合わせを経て、お昼はみうらうどんで大好きな月見うどんを掻きこむ。めずらしく(大)にして。麺もさることながら汁、出汁がうまい。夢中で汁を全部飲み干す頃には、店内の座敷はすべて満席。

吉田のうどんは富士吉田のソウルフードであり、日常食として地元の人がいちばん食べている。
市内いたるところにうどん屋がある日常ってなかなか信じられない。

もうひとつ信じられない日常が富士吉田にはある。
みうらうどんを食べ終えて店内を出ると、晴れた空にあたり前のように威風堂々ととてもとても大きな富士山がそこに。
ただいるだけじゃない。とーーーーーっても近く、とーーーーーーっても大きく。
同じ山梨に住んでいるけど、山を越えて富士吉田まで来ると、ぜんぜん見え方が違う。富士吉田という富士山の麓のまちでは、とーーーーーーっても大きい富士山が目の前に迫ってくるかの勢いで目に飛び込んでくる。それがまちのなかだろうが、うどんやを出たところだろうが、昭和通りを車で走っていようが。
たぶん住んでいる人は当たり前になりすぎていて、なにがすごいのかと思うかもしれないけど。
富士吉田のまち中で、まちの風景と一緒に見える富士山が、ぼくはとても好きだ。

ぼくは編集者/デザイナーという職種で主に伝える仕事をしている。
25歳で上京した東京で編集・アートディレクションなどの仕事をしてきた。2013年に地元山梨にUターンして、やまなしの人や暮らしを伝えるBEEKというフリーペーパーも創刊した。
ちなみに自分のことをまだ見ぬ方々に伝えるなら、三度の飯より温泉と餃子が好き、ということだけ伝えておきたい。三度の飯が全て餃子でも嬉しいくらいに。そして間にパフェをはさむくらいの甘党。このまちの喫茶店にはとてもバリエーション豊かなパフェがある。それだけで通うに値するすばらしい喫茶文化だ。

お昼過ぎにネクタイをつくる織物工場で打ち合わせ。新しいカタログを作るために、代替わりした同年代の作り手と、これからのものづくりや売り方について議論。
富士吉田市は織物のまち。
山梨に帰ってきた直後、なんとなくネクタイをたくさん作っているぞくらいしか知らなかったこのまちの産業。しかし、仕事で通うようになって知った、織物を作る人たちの想いや製品を見ていると今まで知らなかった素晴らしいものばかりだった。富士吉田に通うようになったいちばんのきっかけは、そんな織物をつくる人たちを紹介するフリーペーパーの仕事があったから。2015年、山梨県工業技術センター(現・富士工業技術センター)、通称・シケンジョとのお仕事で「LOOM」という山梨ハタオリ産地の今を伝えるフリーペーパーを作ったのがきっかけだ。

当時、知識のないぼくがハタオリ産地のフリーペーパーを作れるか正直自信がなかった。いろいろ考えた結果、ぼくみたいに富士吉田が織物の産地だと知らない人に知ってもらう、興味を持ってもらえるようなマガジンを作ればよいのではないかと、まずは五十嵐さんの案内で様々な機屋さんに会いに行って話を聞いた。今思うとほんとうになにも知らなかった(笑)。出来上がった「LOOM」というマガジンで大事にしたテーマが「synchronicity」。共時性、同時性と訳される言葉で、ちょうど今の時代に代替わりが多く起こり、産地の現状に危機感を持った人たちが自社ブランドを設立したり、新しい動きを始めているのではないかと思ったからだ。
LOOMを作ったことがきっかけで、ハタオリマチフェスティバルというまち全体を巻き込むイベントになっていくのだが、ハタオリマチで織物と向き合う人たちにその後も出会い、その情熱や技術に唸ることが多くなった。

知れば知るほど奥深い歴史がねむっているのが富士山の麓のまち。
富士山信仰もそのひとつ。
もちろん今と時代も違うし、自然への距離感が今よりもずっとプリミティブで畏れを伴うものだった。富士山という圧倒的な存在、祈りを捧げる象徴としての存在、さまざまな伝説が生まれ、信仰する人たちが目指す場所。
富士吉田で400年以上の歴史を持つ「吉田の火祭り」も富士山信仰のひとつの神事。
毎年8月26日、27日に行われる「鎮火大祭」のことで、北口本宮冨士浅間神社と諏訪神社の両社の祭りで、富士山のお山じまいでもある。
夜になって道端に轟々と燃える松明の火は、ほんとうにすごい。その横を若い子たちが何事もなかったように通り過ぎりんご飴を買っていく。
そんな毎年の風景なのだろうが、とてつもない非日常感が日常にある様は、外から来た人にはなんとも言えない体験だ。ほんとにすごいインパクト。

ネクタイ工場を出る頃には富士山にも少し雲がかかって、空がまどろんでいた。
ちょっと一息と思い、月江寺商店街まで車を走らせ、喫茶富士に足を向けることに。
お目当はコーヒーとケーキ。一番奥の席で一人コーヒーとケーキをお供にカバンに入れっぱなしのポール・オースターの「幽霊たち」を一瞥。残りはページ3/4ほど。ここで一気に読んでいってしまおうと少しの長居を決意。
喫茶店での過ごし方はそれぞれ。富士吉田には行きたい喫茶店がいくつかあるので(前述したようにパフェのインパクトも凄まじい)、その時の状況で行く場所を決めれるのが嬉しいところ。

小説を読み終える頃にはお尻がいい具合に椅子に馴染んで喫茶店の一部になったよう。
読書の間、常連さんと思われるお客さんが入ってきてカウンターに座り、店主と豪快な笑い声を交えながら話してそのまま出ていった。
好きな喫茶店にはカウンターがあるところが多い。奥の席から徐々に距離をつめてカウンターに座ることを選ぶ喫茶店もあるけど、富士吉田ではいつも控えめに奥の席を選んでいる。
いろいろなお店を渡り歩くのも悪くない、とくに富士吉田みたいな小さくてよいお店が多いところは。

支払いを済ませ店を出ると、すっと夕方のさわやかな風が頬をなでて吹いていった。
風の先には月江寺池。誰もいない池で、風が遊んでいた。

富士山の麓のまちでのとある1日。
山を越えていく帰りの車中では、フジファブリックの「TEENAGER」というアルバムを聴きながら。
ぼくらはいつも満たされたい。

土屋誠 Makoto Tsuchiya
1979年山梨県笛吹市生まれ。2012年度朝日広告賞受賞。東京で約10年デザイン&編集に携わり、2013年地元山梨にUターンし、山梨の人や暮らしを伝えるフリーマガジンBEEKを創刊。やまなしのアートディレクターとして、日々つたえる仕事をしています。フジサンノフモトのまちでは、産地を伝える祭典「ハタオリマチフェスティバル」の実行委員として企画やデザインに携わる。