もっと富士山のことを知ってもらいたい

太田安彦

まさか富士山に登れない年が来るなんて想像もしていませんでした。
登れない状況になり、改めて私にとって富士山が大きな存在だったことを感じています。
富士山ガイドを務める私が富士山を好きな理由、それは人との出会いが多いから。富士登山や周辺ツアーに参加されるお客様を始め、全国から集まるガイド仲間、富士山を管理する行政の方々や各団体など、様々な方と出会い仕事をしています。
基本的に皆さん富士山が好きな方との出会いなので、意気投合しやすく幸せを感じます。同じ趣味を持つ人が集まるような感覚だと思います。
もちろん私が富士山を好きな理由は出会いだけではなく、絶景が見られるところだったり、昔からの歴史が深いところだったり、魅力は尽きませんが。

登頂と御来光を喜ぶツアーの皆様

富士山に登れなくなって感じたこと

新型コロナウイルスが感染拡大し始めた3月頃から現在まで、いろんなことを感じ考えました。
例えば、夏季富士山の仕事が完全に絶たれた大きな不安感。収入面でも大切な時期ですが、登れない時が来るなんて夢にも思いませんでした。今も富士山に登らない夏を不思議な感覚で過ごしています。
来年以降はどうなるのだろうか。という不安もあります。
その他にも大きな喪失感もありました。
富士山の仕事は、人に喜んでもらったり、感謝されることが多かったり、自分が人の役に立っていることを実感しやすいことも特徴です。
しかし今年はその機会が無くなったため、喪失感も大きかったです。
改めて、自分は富士山で必要とされて幸せを感じていたのだと。

吉田口九合目から登って来る登山者を撮影。月明かりで影富士も見えている。

今、自分にできること

富士山に登れなくなって、日々いろんなことを思い過ごしていましたが、自分だけではないことに気付きました。
今年は会えない富士山のガイド仲間との連絡や、富士山関係者とのやり取りの中で、みんなも同じ思いだと感じたことと、こういう時こそ前を向こうと思い、気持ちが切り替わってきました。
そんな中お話を頂いて参加を決めたのが企画です。
そして私にできることは、富士山を楽しむために皆様にやってもらいたいことをお伝えすることとしました。
富士山に興味を持つきっかけになり、富士山をより好きになってもらえるようなきっかけになれば幸いです。

興味が無かったから気付かなかった

私が初めて富士山に登ったのは22歳。
富士吉田市出身で富士山の近くに居ながらも、登ったのは社会人になってから。
当然のことながら、それまで富士山の歴史や文化も知らず、富士山のことは何も知りませんでした。
県外で働く機会があって、初めて富士山の話題性や関心が高いことに気付きます。
富士山が近くにある環境が当たり前で、特別意識をしたことが無かったのだと思います。「地元あるある」なのかも知れません…。
22歳の初めての富士登山で圧倒させられる景色で感動し、大きな満足感を得たのを今でも覚えています。
いつも当たり前に見ていた富士山に、やっと興味を持つきっけになった日です。

深く知ることで見え方が変わる

富士山はただ登頂して御来光を拝むだけでも十分感動します。
しかし私はもっと大きな感動をしてもらいたいと思っています。
その方法は「富士山の歴史を知る」こと。

私はガイド歴12年ですが、新人の頃と今とでは同じ登山道でも見える景色が違います。歴史を知っていくと時代背景が絵で浮かび、実際の風景とシンクロしていきます。

例えば、吉田口登山道の二合目にある冨士御室浅間神社が良い例です。
ここは、富士山中に建てられた神社では最も古いと言われており。富士山の歴史を語る上では外せない重要な場所です。

かつては武田信玄もここに訪れ、何度も願掛けをしていた場所で大切にしていたと言われています。

現在の姿からは想像しづらいですが、この歴史を知っているだけで二合目に行って実際に見た人は、その風景が感慨深いものになると思います。

富士山にはこのような場所や石仏が現在も多く存在し、昔の歴史を垣間見ることができます。

「歴史を知る」ことは、当時の情景を想像できる楽しみ方の一つ。
まるでタムスリップをしているような感覚で楽しんでもらえると思います。

吉田口登山道の二合目にある冨士御室浅間神社

なぜ富士山は世界遺産になったのか

私がまず何を皆さんに知って頂きたいことは、富士山世界遺産になった理由です。
富士登山をされる方々が「なぜ富士山が世界遺産になったのか」知らない人が多いように感じます。
そう言う私もガイドになるまでは、富士山の歴史や文化のことを殆ど知りませんでしたが…。
私はガイドになって富士山を勉強する機会がありましたが、そうでない限り中々ご自身で調べるきっかけが無いと思います。
今回が良いきっかけだと捉えて頂き、富士山を効率よく知れる場所をご紹介致しますので、是非足を運んでみて下さい。
各施設で知れることは、富士山と人々との関わりです。
どんな人々がどんな想いで拝み登られて来たのか、そして大切にされて来たのかを知ってもらえると思います。

私がおすすめする 3つの施設

1. ふじさんミュージアム
ここは富士山信仰が盛んだった江戸時代に、沢山の登山者(富士講者)が立ち寄った町(山梨県富士吉田市)のことが知れます。
当時、沢山の富士講を受け入れるために、御師の宿坊街(現 富士吉田市上吉田)が立ち並び、その盛況さにかつてから富士山ブームがあったことを感じれ、今も昔も変わらないと実感します。
特定の地域にフォーカスした展示や企画にすることで、当時の情景が想像しやすくおすすめです。私も年に数回は足を運び、当時の富士山信仰者の熱い想いに触れています。

2. 山梨県立富士山世界遺産センター
ここは富士山が世界遺産に登録されたことによって開館されました。世界遺産登録により、海外の方が感覚的に理解できる作りになっていて楽しめる場所です。
例えば、館内には全長15メートルの壮大な富士山の模型があって、それを囲むように時系列で歴史がわかる展示があります。
専用アプリを使用した解説があり、ビジュアルで楽しめるところも特徴です。

3. 静岡県富士山世界遺産センター
富士山信仰に基づいた浅間神社(全国に約1300社)の総本社がある富士宮市の富士山本宮浅間大社に接して建設され、富士山本宮浅間大社と含めて富士山の歴史を知ることができます。
富士山の歴史に加え、静岡県の特徴でもある海から富士登山を擬似体験できる作りになっています。
外観はデザイン性に優れた木材の逆さ富士が圧巻で一見の価値があります。

富士山の歴史を知ったあとは

富士山を知ってくると富士山世界遺産は、なにやら構成資産というもので繋がっていることがわかってきます。
各登山道や富士五湖、浅間神社、溶岩樹形、遺跡、いくつもの場所や要素で富士山は語ることができます。
特に山梨県富士吉田市は、富士山の歴史を凝縮して体験できる地域です。
富士山の歴史を知ったあとは、実際に現地で触れて楽しんでもらいたいと思っています。
当時の情景を想像しながら富士山の旅を。

音声と映像でわかりやすく説明してくれるアプリ ↓
ON THE TRIP -富士登山オーディオガイド-

吉田口登山道 馬返しの鳥居にある猿像

最後に

富士山を知ることによって、さらに富士山を好きになると思っています。
富士山が皆様にとって、特別な存在になることを願っています。
最後までご覧頂きまして、誠にありがとうございました。

富士山に登れる日が一日も早く戻ってきますように

太田安彦 Yasuhiko Oota
25歳から富士山ガイドを始め、これまでに通算500回以上のガイド経験を持つ。現在は、富士吉田市富士山案内人組合の取締役を務める。2016年、一般社団法人マウントフジトレイルクラブ(設立時ヨシダトレイルクラブ)を設立し、ツアー事業・安全対策事業・環境保全事業を通して、登山者が安全に登れる環境作りを行っている。日本山岳ガイド協会登山ガイド。富士山五合目公園指導員・自然解説員。