朧な余韻が息づく。
いい大人の重要文化財「西裏」

渡邊千佳

「人間っておもしろい」の原点

東京の広告代理店でコピーライターをしています。
この仕事は商品やサービスを客観視し、
世の中に届けるにはどう切り取ればいいのだろう?
そんなことばかり考えているのですが。
きほん、人間や物事の「内面」への興味が原動力です。

一見、こう見えるけど、実はこうなんじゃないか。
このひとには、こういう部分があるんじゃないか。
こんな面白い部分があるんじゃないか。

そして私は、
山梨県富士吉田市の飲み屋街「西裏」のど真ん中で育ちました。
思えば西裏のような「掘れば掘るほど面白い」
ライトなカオスで育ったから、
この思考の癖は鍛えられているのかもしれません。

地元おもしろすぎるやろ…「ラウンジ大麻事件」

先述の「ライトなカオス」のほんの一面…。
これ今だから言えることとして。(大丈夫大丈夫…)
私は小学校の登下校で、とある小さな路地を通っていたのですが。
そこに「ラウンジ大麻」はありました。
子供心に、大麻とは何だかあんまり良くないものだとは知っていて、
堂々とした名前だなーと思っていましたら。
ある日の朝、警察関係者が。
湖のほうで大麻を本当に栽培してたらしく、摘発されたそうです。
「いや本当に、めちゃくちゃ面白いな地元!」
※もちろんこちらは現在は無いお店です!

西裏入門「戦後ガチャマンの飲み屋街」

西裏ってなんぞや?と思われるかもですが。
戦後の朝鮮特需で非常に栄えた名残が、
そこここに今尚のこっているまちです。
元々は1000年前からつづく機織りのメッカのようなとこで、
「ガチャン(機織り)とすれば万円が生まれる」
ということでガチャマン。
商人や職人が集まり、それはそれは花街として栄えたとか。

その名残のなかで幼馴染と鬼ごっこして育ったので、
いまだに地方のノスタルジー残るまちなどは嗜好に刺さります。
(八戸とか、根室、下風呂とか…)

廃墟だったはずが

え?ココドコ??

栄えたものは、必ず廃れる。
私が地元を出る頃は、シャッター街の非常に寂しい印象だった記憶が。
印象的に廃墟同然だった西裏が(私の主観です)
若い力で、飲み屋街として復活してるらしい?
あの廃墟が?どんな?どゆこと?

西裏復活のキーマンの皆様がいらっしゃるという。
地元民からしたら、土地興しの神々です。

たいへん恐縮ながらお願いをしまして、
憧れの「西裏はしご酒探訪」に連れて行っていただきました。
地元にいたのが18までなので、当然飲み歩く経験なんて無かった。
だいぶウキウキです。しかし、色々予想の斜め上でした。

こんな若き子たちが地元を元気に。涙

白子!

おいしい店が増えているよ!
ということに疑心暗鬼だったのですが、
まさか地元でおいしい白子やタチウオが
食べられるようになっていたとは。
地元の海鮮といえばマグロのブツばかりだったのに…。

いきなり白子ショックではじまりますが。
今回ご案内いただいたのは

「明日への語らい処 囲炉裏」
(白子もごはんも全部おいしかった…)

新世界乾杯通り「かぎしっぽ」
(まさか子の神神社から、あの通りに、こんなオシャレな。)

子の神通りのスナック「ぎおん」

街中華「梅新」
(登下校でずっと横目にみてたあの中華屋は聖地だったのかと…)

白子ショックから始まり、梅新の思い出回収に終わった西裏はしご酒。
ひとつひとつに色々書きたい、たまらん衝撃があったのですが。
今回は泣く泣くしぼります。泣!
私の地元には全国津々浦々、東京でも最近非常に増えてきた、
ある一定いる人種の性的指向にドンズバに刺さるものがあった。
うっすら気がついてはいたけど、居住当時未成年は体験できなかったやつ。

はい「スナック」です。

西裏は、いい大人の重要文化財だ。

スナック「ぎおん」
ママは14歳で九州から来て、この土地で50年やってるらしい。
お店によく響き、通る、熟練の何かを感じる声。

私の母の薬局に通っていたと判明、止まらないトーク。
雪崩れるおしぼり。常連とのデュエット。
かわいい形の電球。重厚なつくりのカウンター。
ナッツ、酒、ナッツ、酒。
濁流のような「ぎおん」という情報量。
それがまったく過多ではなく、エンタメとして完成されていた。
1時間以上いたのに体感20分ぐらい。
は!と、たまに「ぎおん」の光景がフラッシュバックする。
そして、たまらなく行きたくなる。
このエンタメは狙っては作れない。
まさに京都、祇園じゃない方の重要文化財「ぎおん」
これは、守るべきものだと思った。

あわわわ

一朝一夕では作れない、
“文脈“はこんなにおいしい。

あの1時間は、ママの50年というキャリアと、
西裏に降り積もった歴史が背景にあるからこそ、
生まれる時間だった。
ママの文脈、西裏の文脈、それぞれが絡まり、
あのかわいい電球(おそらくもう生産されていないであろう)から、
溢れる光に、一杯のウイスキーに溶け込んでいる。
時間を嗜み、嫌なことも何処かにいってしまう。
ぎおんだけじゃない、それこそこういった店は西裏にいっぱいあり。
ああ、好きな大人は堪らなく多いだろう。
知り合いの「いい大人」達の顔がパパパっと浮かんだ。
大好きだろうなあ、ここ。

街のいたるところの意匠が、そういえばすごい。
もう生産されていない、絶滅危惧だらけ。

文脈をリスペクトし、守る。
凄いことができている。

凄い人達。こんな感じですが。

西裏の再生でものすごいな、と思ったのが、
この土地の文脈や、本当にいいところをきちんと理解し、
守りながらまちづくりをしている。
あっけらかんと一緒に飲んでくれた若者達は、
あっけらかんとしながら物凄いことをしている。
きっと裏に恐ろしい苦労もあっただろう。
(生まれた人間なので、ここの面倒臭さもよーーーーく知ってる)
地域の人々と膝をつき合わせ、きちんと話をしながら進める。
ブルドーザーでバリバリと更地にし、
新しいものをドカンと建てる都心の再開発とは真逆のものだ。

織物のような、まちづくり。

全国津々浦々、土地土地にしかない文脈がある。
それはきっと織物の文様のように現れるのだ。
歴史があるほど複雑に、人心を本能的に捉える文様。
その美しさ、醍醐味を守りながら、モダンに新調し、
より広く愛されるようにしたのが今の西裏だと思う。
まさに(また少し別の話になりますが)
吉田の織物文化復活のエピソードと、
同じことが偶然にも西裏で起こってるのだ。

お得意様の文化、商材、サービス。
流れる文脈を読み取り、その中できちんと書く。
日々の仕事でとても大事にしていることを、
まさか地元のまちづくりを通して垣間見れた。
勉強になりました。

ちょっと疲れた「いい大人」は、ぜひ西裏へ。

霊場として名高い富士山麓に、一種の聖地がありました。
新宿から富士急ハイランド行きのバスに乗れば、
富士山駅からわずかの場所。
ここの朧げな空気感は、
どんな人間も包み込んでくれるような優しさがある。

楽しかった・・・!

魂を食べて帰りました。

渡邊千佳 Chika Watanabe
2010年広告代理店入社。2016年度東京コピーライターズクラブ最高新人賞を受賞した長崎自動車/長崎バスのシリーズ広告は、史上初のTCC賞とのダブル受賞となった。他、ACCゴールド、CCN最高賞、FCC最高賞など。主な仕事にキリン一番搾り、NTTドコモ、UTY50周年「UバクUTY」、スカパーJSATなど。山梨県富士吉田市出身。